顎を粉砕骨折した思い出

本日は① 顎の粉砕骨折についてお話ししたいと思います。

今でも忘れられないですね。高校1年生の冬休みが終わった始業式の日。

当時野球部で休みがない毎日部活漬けの日々ですよ。ただ唯一、その日だけは始業式後に部活ではなく、ボーリング大会だったわけです。そんな貴重な日ですから、早く学校に行きたいじゃないですか。普段から遅刻が嫌いだったので、電車も学校が始まる30分前には着いているようなタイプだったんです・・・。その日に限って若干寝坊してしまったんですね。

とは言っても、めちゃめちゃ急げば普段の電車には間に合いそうだったんです。

全力で駅に自転車で向かって、陸橋を急いで昇り、急いで降り・・・。

皆さんも野球部電車で見かけたりしたことありますよね。そうあの無駄に大きいエナメルバック。自転車に乗せるとなると、前のカゴまたは後ろに乗せるしかないです。後ろは金属の台しか無いですから固定性が無いわけで、多分大半の人が前に乗せていると思います。

そんな一生懸命漕いでますから、スピードも速いわけですよ。坂道全力で降りて、曲がったら小さな段差でも前のエナメルバックもズレるに決まっているじゃないですか。そのままバックが落下しそうになったので片手を伸ばしますが、重たい荷物が落ちると自転車が軽くなりバランスも崩すわけで・・・。

すでに片手を離しているので、もう片方の手は自転車から離せなくなるんです。エナメルバックは運悪く、自転車の前輪にある泥除けに挟まり、前輪が完全にRock。何度も言いますが、スピードあるんです。行きなり前輪ロックしたら、空中へ飛べるんです。ただ手が離せなかったので、顎からコンクリートに着地・・・。

あの時は噛み合わせが悪くて、歯が全部折れたと思いました・・・。汗

あとで聞いた話ですが、右顎からは骨が見えていて、左顎の骨が砕けていたそうです。

ここで地元が一緒の同じ高校に通っていた同級生が自転車で横を通過しました。もちろん制服なので僕だと気付いたのでしょう。20mくらい進んでから「大丈夫?。先行くね。」って。おい!!笑

まず、20mって遠過ぎるし、先に行くのかい!!って言いたかったけど、自分も焦っていたくらいですから、彼も焦っていたのでしょう。

とりあえず体は動いたので、母に電話した後に病院へ歩いて行こうと思いました。そしたら近所の優しいおばさまがゴミ捨てに出てきた所で助けに来てくれたんですよ。何なら車出して病院連れて行くって言ってくれたんです。結局は救急車を呼んでくださったのですが、綺麗なタオルや水を持ってきて下さったあの優しいおばさまには感謝しきれないです。

今考えるとアドレナリンで頑張っていたんでしょうね。救急車に乗った後の記憶がなく、気が付いたら手術台の上でした。

手術台で気が付いたのですから、部分麻酔な訳です。もうお医者さんたちの話が聞こえる訳ですよ。一部抜粋すると「すごい砂入っちゃってるね。」「これは全部取れなそうだな。」「おおこれなら結構綺麗になるんじゃないか。」「やってみるもんだな。」などなど。

綺麗になってくれるなら良いけど、T Vで医龍とかコードブルーを見ていた自分としては、思っていた手術室の環境と違いました。笑

前回の投稿にも記載していましたが、ここからが問題の件です。

腕や足の骨折と違って、吊ったり・ギプスで固定が出来ないのです。しかも砕けてますから、変にズレると変に付いてしまいます。

ここから痛いですよ。先を読んでくださるなら覚悟して下さい。

①まず歯茎にボルトを入れます。

部分麻酔してますから、痛くは無いですけど、ボルト閉める時って押しながら回すじゃないですか。あの圧が上歯茎と下歯茎に3本ずつ入れ込まれるわけです。フランケンシュタインってこうやって作られるのかなと思いました。

②次にボルトからボルトにかけて針金を通します。

これで、口が完全に開かなくなる訳です・・・。歯の矯正って考えることにしました。

つまりずっと「歯を噛み締めている状態」となる訳です。お医者さんからは最低1ヶ月は固定してくださいと。

イメージしてくださった方、ありがとうございます。模擬的にやって見ると、何とか話すことは出来ますよね。そうです。食事はどうするのかという問題も出てきました。

結論から言うと、一ヶ月流動食です。

当時高校生で育ち盛りの自分にとっては結構キツいものでした。カロリーを取らなくてはいけないので、「エンシュア」「テルミール」と言った甘ったるいものを朝2本・昼と夜3本が一日の食事でした。(市販では「メイバランス」や「カロリーメイトのドリンク」のようなものが、近い味です。興味があれば・・・笑)

味の種類もない上に、甘いものなので口の中がベタつきます。いくら甘いものが好きと言っても、3食は流石に堪えましたね。前歯は歯ブラシで手入れできますが、裏はもちろん磨けないので気持ち悪かったです。

入院自体は4日間でしたが、2日目で流動食が喉を通らなくなってしまいました。

そんなキツそうな息子を見て、僕の母はたくさん悩んでくれたのでしょう。

その際に取った、母の驚くべき行動とは。

・・・・話が長くなってしまったので、次回続きを載せようと思います。

本日も読んで頂いてありがとうございました。

潰瘍性大腸炎闘病生活

まず、大腸があまり機能していないので、体の中に水分があまり吸収できておらず、採血するにも血管が全然出てこないと言われ、何回も注射針を刺されました。痛いけどそうも言っていられず、アザだらけ・・・。

そこから本格的に治療することになりますが、L―CAPという、人工透析の機械に白血球(多くなり過ぎた免疫細胞)を吸着する機械で血液を通す治療だそうです。献血した事のある人なら分かると思いますが、針がめちゃめちゃ太いんですよ。タダでさえ血管浮き出てこないって言われているのに、一回刺されるのも大変でした(退院してから、麻酔も出来たと聞かされましたが…笑)。

何とかL−CAPを終了して一息ついた時に、主治医から一言。

「これは10セットで一回だから、様子を見て回数検討していきましょう。」

・・・え。汗

あの痛みを残り9回もしくは+αもあると思うと頭おかしくなりそうでした。

病院生活。顎の骨折で4日ほど入院した経験はありますが、1ヶ月となるとまた話は変わってきます。

まず食事。内臓の病気なので、1週間点滴での生活。飴と水分(水とお茶)だけは許可されていましたが、その他は口にできません。1週間終えた時に初めてご飯が出ると言われて楽しみにしていたら、お粥の上澄みと味噌汁の上澄みの様な液体がコップ2杯運ばれてくるだけ…。食べることにつくづく縁がないと思いましたね。

また、内臓には問題がありますが、体自体は健康な訳です。ただ、テレビ代は高い上にやることもないんです。携帯を弄るにしても目と肩が疲れるし、入院している人はご高齢な方が多くて、イライラしている人も多いのであまり話せませんでした。

休みは欲しいと思っていましたが、突然やる事がなくなるのもとても辛いことを学びました。次回は嬉しかったことと後悔したことについて記載しようと思います。

PS.昨日は尿管結石が再発しまして、とても悶え苦しんでおりました。

今回で三回目でしたが、今回のは特にひどく、腎臓に1cm以上の結石も確認された様です。もし、9月までに無くならなかったら手術することになるだろうと・・・。もし良くなる方法等知っている方がいたら教えてください。

潰瘍性大腸炎再発

実は今年の8月。約3ヶ月ほど前から、潰瘍性大腸炎の増悪期を迎えておりました。

潰瘍性大腸炎の治療法は色々試していましたが、やはりステロイドの薬が一番効果的です。

今回も仕事を休む訳にもいかないので、お医者さんにステロイドの治療を依頼しました。

お医者さんも心良く承諾してくれました。

1ヶ月が経ち、薬が効いてきて、体調も良くなってきた頃を見計らって、徐々に薬の量を下げていくのが、いつもの自分の治療法。

ステロイドは強い薬なので、ニキビが顔だけでなく、肩・胸・背中まで出来ていました。それを見兼ねた妻は毎晩ニキビ用の薬を塗ってくれます(正直、妻の優しさに癒されていましたw)。

薬の量が減ってくると、比例する様にニキビの量も少なくなってきたのですが、なんと今回は薬の減薬中に再び悪化してしまったのです。

始めに気が付いたのが、便の緩さ。

ちょうど受診が2週間ごとになっていたので、お医者さんに事情を説明。

血液の問題も見られなかったこともあり、薬の量を減らさずに経過観察をすることに。

その後1週間も経たないうちにどんどん血液が混じり、腹痛にも見舞われました。

そこまでになると、食べ物を口にすると、腹痛と便意が襲ってくるため、次の受診まで基本飲み物またはゼリー等で食事を済ませていました。

5日で体重も63kg→58kgまで落ちました。

何が辛いって、食欲はあるんです。お腹が空くので、うどんなどの消化に良さそうな食べ物を選んで口にしてみたのですが、食べた後に後悔。1日に20〜25回はトイレに駆け込んだのでは無いでしょうか。

そんなこんなで、なんとか2週間を耐え切り、採血と受診へ。

先生の一言目が「状態良く無いでしょ?」って・・・。

それもそのはず、以前入院した時と比べて倍の炎症値まで上がっていたのです。

再びステロイドの薬を元の量(6倍)に戻すことに。

でも、薬の量を戻したら良くなるんです。日に日に回復して、今では1日にトイレ6〜8回くらいで済んでいます(まだ多いですが…)。我慢しないで、早く受診すれば良かったと思いました。

状態が悪化していると、本当前向きに物事が考えられなくなります。

妻と出かけても、何度もトイレ待ちをさせてしまう。

食欲はあるのに食べない自分は、「あー。ピザとかカレー、そぼろ丼とか親子丼食べたい」とか言っちゃうんです。そんな状態を見たら、妻も食べにくいですよね・・・。

でも、妻は本当に素敵な人でした。妻は「(自分のために)ダイエットする!」と言って、自分に合わせる様に夜はスープだけの生活を送ったりしてくれたり、自分の調子を察知して、「大丈夫?トイレ行く?」と何度も声をかけてくれました。

本当はお腹も空いてただろうに、「夜食べないのも3日はキツいけど、慣れたら大丈夫だね」なんて言ってくれるんです。

もう、感謝してもしきれないです。

調子が良くなってきても、油断している自分とは裏腹に前回と同じことにならない様、「この食材は腸にいいらしい」などたくさん調べてくれる上に、自分の食べたいと言っていたご飯を作ってくれるんです。

おいしい作り方も影で調べてくれたり、食材のことまで気を使ってくれて、この病気に対して、本人以上に一生懸命向き合ってくれる妻が心強いです。

こんな自分の妻になってくれて、本当にありがとう。

第8回 自己中断を防げ! ステロイド薬の副作用ってなんだか怖いんです。 – 医教コミュニティ つぼみクラブ